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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)3566号 判決

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金三三六万一八六八円及びこれに対する平成四年五月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告らの連帯負担とし、その余は原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

一  請求原告1の事実は当事者間に争いがない。

二  被告加峯の不法行為責任(請求原因2、3)について

1  《証拠略》を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、宝石貴金属販売業を営む株式会社徳屋商店の代表取締役であり、「ジュエル滝」という店を経営している他、天神橋筋商店会及び天六商店街振興組合の各理事長並びに北区商店会連合会副会長の役職にある者であるが、相当以前に野村証券株式会社を通じて取引を行つたことがあり、平成元年から千代田証券株式会社と株式取引を始めた。原告は、被告会社とは、平成二年二月一五日から、被告会社大阪支店を通じて株式取引などの総合取引を開始し、同年五月三〇日には信用取引口座を設定して以後信用取引も開始し、後記のニチモ株を信用取引で購入する以前にも、同月三一日に東急建設株五〇〇〇株を六六五万円で、同年六月二八日に富士写真フィルム株二〇〇〇株を九二四万円で、同年七月一六日に日本鋼管株一万株を五七四万円でそれぞれ購入していた。

被告会社大阪支店における原告の担当者は、同年三月中頃から、同店営業部営業第二課課長代理の橋本であつた。従来、株式取引において、原告は、担当者が勧める銘柄について、担当者の説明を聞いた上、日本経済新聞等を調べたり、友人の意見を聞いたりして判断していた。

(二)  同年六月一〇日ころ、橋本と被告加峯は、原告の信用取引開始前の手続として原告と面談したが、原告に「大きな取引はしないから上席の人は来てほしくない。」と言われ、このときは挨拶程度の言葉しか交わしていない。

(三)  被告加峯は、被告会社の東京支店や東京証券取引所の場立の者から、三菱信託銀行が特金の運用でかなり積極的に動いており、近々ニチモ株の買いに入るとの噂を聞いていたところ、同年七月一二日午後四時頃、原告にニチモ株の購入を勧誘する目的で、橋本と共に「ジュエル滝」を訪れた。原告はこの時も一旦は、大きな取引は出来ないから偉い人の話は聞きたくないと言つて面談を断ろうとしたが、被告加峯は、「是非聞いてもらいたい話がある。いい話だと思います。一〇分くらいでよいから話を聞いてください。」と話をもちかけた。原告は「銘柄は何だ」と聞き、被告加峯が「ニチモです。」というと、株に詳しい知人に電話で聞いてみると言つて店から電話を掛け、「ニチモどうや。」と聞いていた。電話をきると、原告は、店では話ができないからということで、同店の隣にある喫茶店に行くよう指示し、被告加峯らは原告が店から出て来るのを待つたうえで、右喫茶店の一番奥のテーブルにつき、話を始めた。

右喫茶店で、原告はまず、「被告会社のプロパーか。」と尋ね、加峯は「ほとんど個人営業一本で、約二五年やつてきております」と答えた。

被告加峯は、原告に対し、当時小型で業績のいい株が中心に買われる相場環境にある株式市況、金利動向等を説明し、ニチモは土地、建物販売等を業とし、主にマンションの分譲を行つている中堅の不動産会社で、業績のよい会社である旨話し、橋本が持参した会社四季報を見せて、ニチモの資本金、一株利益及び業績見通し等を説明するとともに、「某信託銀行の買いが入るという情報がある。」と話し、「現在手持ちの株で損の出ているものも大分あるようですが、少々損してでも、そういう損の出ている手持ち株を売つて、ニチモ株に買い換えたらどうですか。損は取り戻せます。某大手信託銀行が大量に買いに入るという情報があります。自信をもつてお勧めします。」と言つてニチモ株を買うよう勧めた。原告が「株式取引で絶対儲かる話なんかある筈がないのではないですか。」と反問すると、被告加峯は「これは私の長年の経験から自信をもつてお勧めします。」と述べて勧誘した。

原告は、信託銀行の買いが入るのかということを繰り返し念を押し、「いくらぐらいになるのか。」と幾度か聞いたところ、被告加峯は、指を三本立てて、「三〇〇〇円くらいまでは値上がりするでしよう。」と答え、さらに原告からどれ位の期間で右価格まで値上がりするのかと何度か尋ねられたのに対し、二ないし四週間である旨答えた。

右被告加峯が原告に見せた会社四季報は同年六月発行のもので、それには、ニチモにつき、「首都圏に続き近畿圏もマンション需要旺盛。営業利益は当初計画を上回る。経常利益最高を更新し、四期連続増配。」等と記載されていた。しかし、同年七月一日の日本経済新聞には、「住宅ローン金利引き上げと中古住宅相場の下落で一戸建住宅の新規受注にかげりが見え始めており、マンションについては、四月ないし六月期の売れ行きは、首都圏、近畿圏ともに好調が続いたが、四月以降中古マンション相場が下がり始め、七月から売れ行きが落ち込むという観測も出てきた。」との予測記事も掲載され、同年七月当時には、不動産関連業の先行きは必ずしも好調が見込まれるとは限らない状況に変化しつつあつた。

原告は、株の取引は基本的には自己の責任で行うものとの考えを持つていたが、被告加峯から自信に満ちた態度で右のように話されてニチモ株の購入を勧められたことから、ニチモ株は近々大手信託銀行の買いが入り、株価が騰貴することは間違いないものと信じ、ニチモの株を五〇〇〇株購入することを決めた。

そこで、原告と被告加峯らとの間で右購入資金の話になり、橋本が計算して原告が被告会社に預けていた株の中から、「ジャムコ」、「東京リース」、「ロイヤルホテル」の三銘柄を挙げたので、その株式を売つてニチモ株の購入代金に当てることになつた。

(四)  同月一三日、橋本は、前日の原告の決定に従つて「ジャムコ」、「東京リース」、「ロイヤルホテル」の三銘柄各一〇〇〇株を売り(「ジャムコ」は購入価格一株六一五〇円、売却価格一株五六〇〇円、「東京リース」は購入価格一株四三六〇円、売却価格一株三五六〇円、「ロイヤルホテル」は購入価格一株二八〇〇円、売却価格一株三〇〇〇円であつた。)、右売却ができた午前一〇時過ぎころ、原告に架電して、右の売却をしたことと、これからニチモ株五〇〇〇株の注文を出して買いつけることを報告した。

橋本は、一〇時二八分、原告のためにニチモ株五〇〇〇株の注文を出し、同日、一株二四三〇円(合計一二一五万円)でニチモ株を五〇〇〇株を買いつけた。

(五)  その後、ニチモ株の終値は、同日及び一六日に二四五〇円であつたが、一七日及び一八日に二四四〇円、一九日に二三九〇円、二〇日に二三一〇円と推移した。

同月二〇日、橋本から原告に電話があり、その際、「今一〇〇円近く下がつています。短期間で株価が下がつたから、リバウンドがあるので、ナンピンしたらどうですか。これは次長(被告加峯)が自信を持つているから、もう少し買つたらどうですか。お金を用意できないなら信用取引でいいです。」と、被告加峯の予測を前提に、さらにニチモ株を購入することを勧めた。原告は、同日、信用取引で、ニチモ株をさらに一株二三四〇円で五〇〇〇株(合計一一七〇万円)を購入した。

(六)  同月三〇日ころ、原告は、ニチモ株が下がつていくことに不安を抱き、原告に被告会社を紹介した第一勧業銀行の天六支店支店長山本に対処方法を相談した。山本は、被告会社に電話で、「ガセネタをうちの客に掴ませたのではないか。」と言つて強く抗議したが、電話の結果「向こうもかなり自信があるみたいだからまだ買つてから日が浅いし、もうちよつと様子をみたらどうか。」と原告にアドバイスしたので、原告は様子をみることにした。

(七)  同年八月二日、湾岸戦争が始まり、株価が急落した。ニチモ株も、結局大手信託銀行の買いは入らず、同月一〇日の終値が二〇〇〇円を割つて一九八〇円となり、以後も下落傾向が続いた。そのため、橋本は、同年八月中頃以降、幾度か原告に処分も考えたほうがよいのではないかと助言した。しかし、原告は、「ニチモ株は被告加峯のセールスで買つたんだから、被告加峯が来て説明しない限り処分しない。」と言つてニチモ株を処分することを拒否し、その後も橋本に対し被告加峯を連れてくるように要求し、あるいは被告会社に電話をして被告加峯に来るように要求し続けた。

(八)  同年一一月ころ、株価急落により信用取引分の担保が一律割れしそうになつたため、橋本が原告に売却を勧め、原告は、前記購入のニチモ株につき、同年一一月二一日に一株一一五〇円で一〇〇〇株を、同月二二日に一株一二〇〇円で一〇〇〇株をそれぞれ売却し、さらに信用取引の決済期日が迫つてきたため、平成三年一月一六日に残る八〇〇〇株を、六〇〇〇株は一株八八〇円、一〇〇〇株は八七〇円、一〇〇〇株は八九〇円で、売却した(右売却の事実は当事者間に争いがない)。

2  右認定の事実に基づき、被告加峯の勧誘行為の違法性につき検討する。

(一)  証券取引は投資者が自己の判断と責任において行うべきもの(自己責任の原則)であるが、証券取引の勧誘に当たつて、価格が騰貴し、または下落することの断定的判断を提供したり、証券取引につき、重要な事項について虚偽の表示や誤解を生じさせる表示をすることは、投資者の冷静な判断を誤らせる危険が大きく、投資者の自己責任の原則の基礎を損なうものであるから、いずれも証券取引法上禁止されているところであり(前者については五〇条一項一号、後者については五八条二号)、右のような方法による証券勧誘行為は不法行為を構成するというべきである。

(二)  これを本件についてみるに、前記認定事実によれば、被告加峯は、原告に対するニチモ株購入の勧誘の際、ニチモの業績等からニチモ株の値上がりの見込みを述べた上、さらに「某大手信託銀行がニチモ株を大量に買いに入るから、短期間に三〇〇〇円まで値上がりする。自信をもつてお勧めする。他の株式を売却して損をしてでもニチモ株を買つて損を取り戻せる。」等と述べたものであるところ、右被告加峯が述べた大手信託銀行の買いは結局入らなかつたが、右情報は、被告加峯が当時の三菱信託銀行の動向として被告会社の東京支店等から入手した情報であり、これを当時の三菱信託銀行の動向に関する情報として虚偽のものであつたとまで認めるべき証拠はない。

しかしながら、そもそも「大手信託銀行が株式を買いに入る」となれば、それは株価の騰貴を予測させる大きな要因であるから、その旨の情報は株式取引において相当誘惑的な価値を有するものであり、かかる情報を、本来の担当者の上司であり、営業部次長という要職にある被告加峯が、わざわざ原告方に出向いて「是非聞いてもらいたい」旨述べて提供したこと、しかも、被告加峯は、原告に対し、他の手持ち株を損をしてでも売却して、ニチモ株に乗り換えて損を取り戻すよう述べてニチモ株購入の勧誘をしたこと(右のような言い方は、手持ち株処分による損失額を超える利益が得られる程ニチモ株が騰貴することを表示するものであることは明らかである。)を考慮すれば、被告加峯がたとえニチモ株の騰貴につき「絶対」「間違いない」という言葉を用いていないにしても(また、大手信託銀行が買いに入ることにつき「噂である」と述べたとしても)、顧客(原告)に特別な内部情報で、間違いのない情報であり、これを要因とする株価の騰貴も間違いないと思わせるに十分なものである。現に、原告は繰り返し念を押し、いくらまで上がるのかと問い質すなど、この情報を確実なものと信じ込み、それを前提に話を進めようとしていることが明らかであつたというべきである。

にもかかわらず、被告加峯が原告の右のような認識を是正する手段をとつた事実は認められない。同被告は、むしろ原告に調子を合わせ、結局は二ないし四週間内の短期に三〇〇〇円まで上がることは間違いないかのような説明をし、その結果、従来は自分でも独自に検討した上売買の判断をしていた原告をして、損が出ることがほぼ確実であつたにもかかわらず手持ち株を売却して、ニチモ株に乗り換える形でニチモ株五〇〇〇株の購入を決意するに至らしめたものと認められる。

そして、原告は、右五〇〇〇株の購入の一週間後、橋本からさらにニチモ株の購入を勧められて五〇〇〇株のニチモ株を購入したが、それも被告加峯の前記説明を信じ込んでいたがゆえにかかる判断に至つたものであり、同被告の前記勧誘行為に基づくものと認めるのが相当である。

しかして、株式投資については情報が氾濫していることは一般に知られているところであり、その取捨選択と株価の動向予測は投資者自身の判断と責任において行うべきものであることを考慮しても、被告加峯の前記原告に対する勧誘行為は、大手信託銀行の買いが入り、ニチモ株が確実に騰貴するものと説明してその購入を勧めたものであつて、その方法と合わせ、株式取引の未経験者ならずとも自由な意思決定、自主的な判断を妨げられるに足る態様のものであり、少なくともニチモ株価の騰貴につき断定的判断を提供してなしたもので、これにより原告の自由かつ自主的判断を妨げたものというべきであるから、被告加峯の勧誘行為は不法行為を構成し、同被告は、これにより原告が被つた損害を賠償すべき義務を負う。

三  被告会社の不法行為責任

被告加峯の行為が被告会社の業務の執行につきなされたものであることは明らかであるから、被告会社はその使用者として民法七一五条一項本文により、原告が被告加峯の前記不法行為によつて被つた損害を賠償すべき義務を負う。

四  原告の損害

1  原告が被告加峯の勧誘によつてニチモ株を平成二年七月一三日に五〇〇〇株、同月二〇日に五〇〇〇株の合計一万株を購入し、これに要した、委託手数料を除く支出は合計二三八五万円(右七月一三日購入分一二一五万円、同二〇日購入分一一七〇万円の合計)であること、原告は、右一万株のうち、同年一一月二一日に一〇〇〇株を一一五万円、同月二二日に一〇〇〇株を一二〇万円、平成三年一月一六日に一〇〇〇株を八七万円、六〇〇〇株を五二八万円、一〇〇〇株を八九万円でそれぞれ売却し、これにより、合計九三九万円の利益(委託手数料控除前利益)を受けたことは先に認定したとおりである。

よつて、右購入による支出から右利益を損益相殺した一四四六万円が、右購入による、委託手数料を除く原告の損害となる。

2  原告が右各ニチモ株の購入及び売却につき、委託手数料、株式売却時の取引税、信用取引に関する利息、名義書換料、株式管理料等として合計八四万九三四一円を支出したことは当事者間に争いがないところ、右原告の支出も、前記被告加峯の不法行為と相当因果関係のある損害であるということができる。

3  以上、1及び2の合計金額は、一五三〇万九三四一円である。

五  過失相殺

ところで、前記二認定事実によれば、原告は、会社経営者であり、天神橋筋商店会及び天六商店街振興組合の各理事長並びに北区商店会連合会副会長といつた役職にもある、経済的な知識経験も相当程度有する者であり、また、被告加峯から前記ニチモ株購入の勧誘を受けるまでにも株式取引の経験を有していたこと、それらの取引にあたつて、原告は担当者の勧めを受けつつも、自己の調査・判断を基に売買を決定していたこと、本件でも株に絶対ということはないのでないかという警戒心を示していたことが認められ、原告は、勧誘に当たる証券会社員の示す情報が必ずしも確実なものではなく、その情報や株価の動向予測については自己の意思決定の参考に止めるべきものと認識して対処し得た筈であるということができる。にもかかわらず、原告は、「某信託銀行の買いが入るので株価が上がる」というだけで、その銀行の名前も明らかにされないという、根拠に乏しい情報を安易に信用してしまつたものである。

更に、前記認定事実によれば、原告は、平成二年八月中旬ころ、ニチモ株価の下落が続く状況の下で橋本から売却を勧められたにもかかわらず、加峯の来訪に固執して売却時期を逸し、これが損害を拡大させたところもあること(《証拠略》によれば、同月二〇日のニチモ株の終値は一株一八三〇円であることが認められ、仮にこの時点で原告が全株を売却すれば、原告の実際の売却価額の二倍近い一八三〇万円で売却できている。)ことが認められる。

右の諸点を考慮すれば、原告の前記損害の発生及び拡大については、原告にも相当大きな過失があつたものというべきであり、その過失割合はおよそ八割程度であると解するのが相当である。

そこで、被告らが原告に対して賠償すべき損害額は、前記四3の損害額から右原告の過失割合額を控除した三〇六万一八六八円(円未満切捨)と認めるのが相当である。

六  弁護士費用

弁護士費用としては、本件事案の内容、認容額等にかんがみ、三〇万円を相当因果関係にある損害と認める。

七  結語

以上、被告加峯は不法行為に基づく損害賠償として、被告会社は使用者責任に基づく損害賠償として、各自原告に対し、三三六万一八六八円(前記五の過失相殺後の三〇六万一八六八円と前記六の三〇万円の合計)とこれに対する本訴状送達の翌日である平成四年五月一四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるというべきであり、原告の請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹中省吾 裁判官 一谷好文 裁判官 池町知佐子)

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